悪魔的なそれ。
一度それに手を出してしまったら、もうそれなしでは生きていけない的なお薬がある。
親類のものからは気をつけよと十二分に注意が行き、周囲からはやめておけと口が酸っぱくなるほど言われたが、やはりその快感を求め、僕は手を出してしまう。
まさにそれと同じような感覚なのだが、
カミソリで髭を剃ってからというものの、もう電動の髭剃りには戻ることができない。
剃り残しができてしまう電動のものには以前から不満を抱いていたのだが、デンマークにて充電する際に変換器について考慮しないでコンセントをつないだ瞬間、バチッと奇怪な電気音がなり、そいつはお陀仏となった。仕方なく、近所で買ったカミソリに手を伸ばす。
・・・・・んっ?
初めて恐る恐るカミソリを顎の上で自由に走らせ、水で洗い流した後のあの肌の感覚を僕は忘れることができない。それはまるで、シルクのマフラーのような柔軟さを兼ね備えていたし、さらには雑巾をかけたばかりのフローリングの艶やかさそのものであった。顎きもちい。あぁ、ずっと触ってたいひいひいい。
留学中、髭を剃ることがめんどくさいのでついつい無精髭が伸び続けてしまうことは、もはやあるあるネタの中でも定番の類に入るものである。実際私も、SNSサイトに自分の写真が載ると、友人や家族から、「髭ね。あるある。」「こきたないよ。あるある。」なんて言われたことを何度か記憶している。
しかし私は、親に何度、きたないよと言われても、ゆめゆめ髭を剃らなかった。バイト先の中国人のおばさんに、何度デンマーク語で言われても、断固として髭を剃らなかった。いやそもそも何言ってるか理解できなかった。デンマーク語が通じないなら中国語で、みたいな感じで話しかけられても困る。
まぁそれはそれとして、
俺は今、高らかにこう叫ぶ。
髭を伸ばすことの価値は、髭を剃ることにある、と。
髭を剃った後の爽快感がやめられない。あと顎のもちもち感。あれを味わうためなら、何度でも僕は髭を伸ばそう。プールへの飛び込みも、より高いところから飛び降りる方が気持ちいいように、髭もよりフサフサなところを剃っていきたい。
松尾スズキの「大人失格」の一節より、
仕事を辞めた次の日の朝を味わうためなら、就職する価値もある。
髭剃りも、それと一緒。
親や周りのものに何度言われても、
僕は髭を伸ばしてしまうし、カミソリを手に取ってしまう。
そう、それは、悪魔的な気持ち良さなんだ・・・。